ライオンのテリトリー

「逃げ……きれ……たか?」

 薄暗い洞窟に、男の息切れだけが反響する。

 スーツ姿の男は、スーツが汚れることも気にせず、地べたに座り込む。

 男は胸ポケットにしまっていた、携帯端末を取り出す。

 携帯端末を起動させようとするが反応は無く、暗い画面が今の男の髭面を映す。

「なんだってんだくそっ!」

 携帯端末を力いっぱい地面に叩きつける。

 地面を滑っていく携帯端末が先ほどの衝撃で治ったのか明かりが灯る。

 明かりに反応し携帯端末のほうを見ると、4つの赤い光りが浮いていた。

「おいおい、モンスターか?」

「ガグルルルゥ」

 慌て携帯端末をとりに行こうとした男を威嚇するように獣の唸り声が洞窟に響く。

「なんだってんだよ……」

「こらっ、猫汰! あんまり人を驚かすもんじゃないよ!」

 男の嘆きに答えるように、今度は子供の声が洞窟に反響する。

 声がするほうを見てみると、暗闇になれた男の目に入ってきたのは、白いライオン……ホワイトライオン。

 そのライオンの背に胡座をかいて座る幼女の姿。

「なっなんなんだよ、お前」

「んっ? 僕は……まぁいいや、こっちは僕の相棒、ホワイトライオンの猫汰」

 男の目が幼女の赤い瞳と目があう。

「お兄さん? はここに迷いこんじゃった感じかい?」

「あぁ、少し休憩したらここを出ていくつもりだから気にしないでくれ」

 男の一言に幼女の眉がよる。

「悪いがそこの携帯端末取っていいか? 仲間と連絡がとりたいんだ」

 男が立ち上がり、携帯端末に近寄ろうとすると、ホワイトライオンの前足が男の携帯端末を踏みつける。

「なっ……」

 幼女は深いため息を一つはく。

「無知って恐ろしいね……、さっき無知なお兄さんは『一休みしたら"勝手"に出て行く』みたいな事を言ったね?」

 幼女のただならぬ気迫に男は首を少し縦にふることしかできない。

「勝手には出られないんだよここ、ここは僕のテリトリーなんだから」

「……なっ何が言いたいんだよお前」

 やっとの思いで出した男の声は弱々しく、幼女と男の力関係をはっきりさせていた。

「何が言いたいか? うん、お昼寝の時間もあるから簡潔に言うね?」

 少し柔らかかった幼女の表情が一変、冷血な人を見下す表情に変わる。

 幼女の表情を見た、血の気の引いた男の顔を携帯端末の光が照らす。

 先ほどまで、男の携帯端末を踏んでいた、ホワイトライオンの手は大きく振りかぶっている。


「死んじゃえ」

 幼女の冷酷な声を合図にホワイトライオンの手が振り下ろされる。



 洞窟には強制ログアウトの機械音と、幼女の

「いき〜はよいよい、かえりはこわい」

 と言う歌声が木霊していた。