第一章 日常茶飯/街の風景A


   *


「俺の名前に関するUSBメモリ?」

 マ王は反射的に間抜けな声を吐き出した。

 それもそのはず、マ王はそんな物の存在など今の今まで知らなかったのだから。

 この世界でマ王が名を失っているという事実を知る者は、そうはいない。

 先ほどからNICE☆GUY店内にて檄と斬撃を飛ばしているテンチョーはそれを知る者の一人であり、電脳世界に幽閉されたマ王を何かと手助けする人間だった。

 そしてアキラもまたその一人である。

「テメエはそれ、知ってたのかよ?」

「……うん。ごめん。黙ってて。でも本当は、ちゃんと形になってからマ王に渡すつもりだったんだ」

 申し訳なさそうに顔を伏せるアキラに、マ王は片眉を上げた。

「実は、あのUSBメモリは完璧じゃあない。完全にマ王の名前が分かった訳じゃあないんだけど、関連する情報が入ってる物なの」

 それが盗まれた。

 というか、マ王は少しだけ安堵していた。

 自分の名前に関するUSBメモリが盗まれたという事に関して、「なんだそんな事か」と。

 データを追ってくれていたテンチョーやアキラには悪いと思うし、名前の情報は喉から手が出るほど欲しいというのが正直なところではあるが、別にそれは、データ化された物が奪われただけであり、マ王本人のように記憶から抹消された訳ではない。

 いざとなれば再び作成し直す事だって可能だ。

 可能だし、恐らくテンチョーが内容を押さえているはずである。

「それより何より、盗んだからって誰が得すんだよ? 俺の名前だぞ? そんなん、誰も――」

 そこまで口を開いてマ王は踏みとどまった。