第一章 日常茶飯/街の風景
『ユーザー認証*** 桐島猛(きりしまたける) チュートリアル実行中』
いや、と言うかそれ以前に。
よくよく考えれば猛は、画面タッチ式の如何にも高価そうな携帯に機種変更した覚えは一切なかった。
自分が所持していた携帯は折り畳み式の普通の型だったし、音声案内が流れる事もなかったはずである。それに加え、アフター*ダークへログインしたばかりで設定も何もできる状態ではなかったにも関わらず、いきなりのユーザー名表示。確かに起動時に少しばかり弄り回したが。
おろおろと慌てふためく猛。
しかし、真夜中の電脳世界は彼の順応を待ってはくれなかった。
「――──!?」
画面を見つめていた猛の肩に、突然何かが当たったかのような衝撃が走った。
何事かと思い、恐る恐る周囲を確認してみれば猛の僅か後方にて、坊主頭にサングラス、タンクトップにアーミーパンツという、厳つい風貌の男がこめかみをひくつかせながらギロリとこちらを睨み付けているのが視認できた。
猛はそこまで認識して、ようやく自分がぶつかってしまった事に気付いた。
視ておきながら難だが、できれば認めたくはない。何故なら、
「なあ、おい」
怒りを込めた男の声が聴覚を揺らす。みるみるうちに猛の顔から血の気が引いていく。
日常生活において痛いことは逃げる。嫌な事からは目を背ける。という動作がデフォルトになっている猛は、喧嘩はおろか、言い争いでさえもその身を危険に投じる事はない。
この性格は彼が小学六年の頃に確立したもので、現在一六歳の高校一年であるから、約四年は逃げ腰でたち振る舞ってきた事になる。